
ともいってすっごくいいともいます
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<言い訳>
・この話はフィクションです。実際の球団などとは一切関係ありません。
・いろいろおかしいところはパワプロ補正と思って目をつぶってください。
言い訳>
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コアな野球ファンならば、もう随分と前になる、あの年のドラフトを覚えているだろうか。
当時のドラフトの目玉は、高校ナンバーワン左腕の名高い猪狩守であった。入学早々から強豪・あかつき大付属のベンチ入りを果たし、5回にも及ぶ甲子園出場のうち、準優勝2回、優勝1回。現ヤクルトの一ノ瀬がいた1年夏を除けばすべて、エースナンバーは猪狩が付けた。高校生ながらに完成されたしなやかなフォームからノビのある直球、多彩な変化球を繰り出し、ピンチになっても動じない精神力と9回を投げ切るスタミナを兼ね備えていた。投手として超高校級なだけではない、打者としても優秀で、巧みなバッティングから何本も長打を放ち、身体能力の高さを伺わせた。端正な顔立ちと独特の話術で野球ファン以外からも人気を獲得し、高校生ながら異例のTV出演、グッズ発売など、スター性もすでに現れていた。
まさに逸材中の逸材、プロ野球界の救世主。多球団競合は必至と思われたが、猪狩本人は巨人入りを強く希望した。巨人の1位指名、それ以外ならば大学進学。憧れの人がいるんです。どうしてもその人の背番号を譲ってもらいたい。その番号を付けるに値しないというのなら、プロ野球には入らない。そう語る猪狩の表情は強く静謐でありながら、また、恋の激情におののく少女の様を感じさせた。
数多の記者たちは巨人単独指名を予想した。猪狩と巨人の仲は蜜月であるかのように思われた。しかしそれに反して各球団が次々と猪狩獲得に名乗りを上げ、まさかの全球団すべてから1位指名を受けるという結果になった。抽選の結果、巨人は交渉権を外し、猪狩は大学へ進学することになる。
これがあの時のドラフトだ。甲子園を沸かせたヒーローが、12球団すべてから1位指名を受けてなお大学進学、というのは当時のファンの間でも様々な質疑を醸しあい、猪狩の行動に対する批判や、プロでの猪狩の姿が見られないことへの嘆きなど多くの意見があった。しかし私は、この時のドラフトは運命だったと思うのだ。猪狩の運命だけはない、プロ野球の運命を変えたといってもいい。これを説明するのには最近のドラフトにも遡る必要がある。
最近の、つまり猪狩が大学を卒業する時点で開催されたドラフトでも、猪狩に注目が集まった。大学リーグを幾度となく制覇し、もともと素晴らしかった直球にさらに磨きをかけた猪狩は、もはや手が付けられないと言っていいほどの存在であった。凛とした爽やかな声で、巨人に1位指名されるのを願うだけですと言う猪狩は高校の時に見せた、瑞々しい表情そのままだった。
今度こそ念願の単独1位指名、と思われた猪狩であったが、直前になって対抗馬が現れた。もう一人のドラフトの目玉、友沢亮である。
友沢といえば激戦区においても甲子園の常連校、帝王実業に属し、早いうちから頭角を現していた投手だった。甘目のコントロールを逆手に取った狙い球を絞らせない投球で、鋭く曲がるスライダーを武器に勝ち上がってきた変化球投手。老獪なまでに淡々と相手の弱点を突く投球は、見ていて思わず唸りを上げてしまうほどだ。
しかしそれだけだったなら、巨人もさほど興味を示すことはなかっただろう。投手としての能力だけなら猪狩の方が上とみられていた。
問題は友沢の、遊撃手へのコンバートである。元々野手能力も高く、内野を守る場面も多々あった友沢であるが、ある時から突然マウンドに上がらなくなった。投手の道ではなく、野手の道を進むことにしたようだった。野手に専念してからのちあっという間に成長し、打って走って守れる三拍子そろった選手へと変貌を遂げた。
ここで友沢に目を付けたのが、猪狩が長年恋焦がれてきた球団だった。遊撃手の高齢化と故障が相次ぎ、ピンポイントで補強をしたがっていた巨人軍に、トリプルスター候補であり即戦力としても期待できる、スーパールーキーの友沢は、さぞ魅力的な存在だっただろう。しかもその当時の巨人軍の投手陣は球界随一と言われるほどに充実しており、今、欲しい選手というのならば、やはり友沢だろうと評された。
あくまでもかたくなに「1位指名で巨人入団」を望む猪狩に対し、友沢は「なるべく在京球団を希望しますが、指名してくださるのならどこでも有難いです」と冷静に語った。俯き唇をこわばらせる猪狩と、いっそ眠たげにも見えるほど飄々とした態度の友沢。二人の心境は如実に表情に現れた。
マスコミはこぞって二人の特集を組み、ドラフトまでの日時にこれでもかというほど密着し、騒ぎ立てた。
猪狩と友沢には奇妙な縁があった。直接の対決こそないものの、猪狩の母校であるあかつき大付属高校と、友沢の母校帝王実業高校は、幾度となく甲子園で死闘を繰り広げた間柄である。猪狩の高校生時代は春夏を通算して3度、1度目は初戦で、2度目と三度目は決勝戦で、帝王実業と当たり、煮え湯を飲まされている。猪狩は帝王実業に勝ったことがなかったのだ。
あかつき大付属か帝王実業か。将来の球団エースかスーパーショートか。完成に近い大卒かのびしろのある高卒か。猪狩と友沢をスケープゴートのようにして日々そんな論争が繰り広げられた。否が応でも二人はお互いを意識しただろう。
誰しもが二人に注目していた。誰しもが二人の行く末を見守った。
そして秋、ドラフトの時期がやってきた。テレビ画面には神妙な顔をした猪狩と、無表情に目を伏せている友沢が映し出された。これからのプロ野球界を担うであろう二人のスター候補が、今、華々しくスタートを切ろうとしている。
結果は知ってのとおり、猪狩の単独1位指名での巨人入りが決定した。猪狩は喜びもせず、取り乱しもせず、ただ瞳を閉じて重々しく息を吐いた。長年熱望していた巨人入りが叶ったという事実を噛みしめるように、しばらく瞳を瞑っていた。
友沢は複数球団の競合の末、西武が交渉権を手にした。プロ入りの安堵からか流石に友沢も顔をほころばせて、監督と固い握手を行った。
西武が友沢に用意した背番号は、7。西武の背番号7を背負う遊撃手、そして巨人の18番を背負う投手というのは球団自身、そしてファンにとっても大切な意味を持つ選手であろう。素晴らしい素質を持った二人の選手が、それぞれの球団の伝統が刻まれたユニフォームに袖を通す。この時確かに、あたらしい野球界の幕開けを感じた。これからの野球界は、猪狩と友沢によって彩られていくのだということを思わせる、そんな幕開けを。
猪狩と友沢の出会い、そうしてこの瞬間こそ、プロ野球界のひとつのエポックであったかように思う。先発の軸としての活躍を期待されていた猪狩は、充実した戦力の中にあってなお高い実力を発揮し、若くしてエースの座にまで上り詰めた。対する友沢も、西武という、若手が育つのびのびとした風紀の球団の中で着実に実力をつけ、高卒ながら一軍定着、すぐさまレギュラーを手にした。
確かに猪狩と友沢はそれぞれ、天才と称されていい逸材である。今やセの猪狩、パの友沢と言われるほどの二人ではあるが、どちらか一人でも欠けていたらこれほどの盛り上がりはあっただろうか。ドラフトをきっかけに二人は親交を深め、今年のオフにはともに自主トレをしたという。これほど徹底的に比較され、対立を煽られてなお正々堂々と、目標に向かって邁進してゆく二人の姿はプロ野球ファンだけにとどまらず、多くの人の目も釘付けにした。次代を担うニューヒーローたちの登場に、セリーグもパリーグも大いに沸いた。
そして猪狩と友沢にとっても、これほど高いレベルで切磋琢磨できる相手の存在は、より高みへと昇り詰めていくための原動力の一因となっているのだろう。
二人の素晴らしい若者に牽引されて、プロ野球という世界はますます発展していく。
いよいよ始まるセパ交流戦、そして猪狩と友沢の直接対決が予想されている、注目の巨人-西武戦。運命的な繋がりをもって現れた二人のスターは、今後どんな軌跡を描いていくのか。
二人が綴る、その輝かしい歴史の一瞬を、我々は目撃することになる。
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>>>平酢さん
うおーコメントありがとうございます!野球ゲームのキャラクターだから当たり前なんですが、でも特に友猪は野球しているのがすごく似合うカップリングだなって思います(;o;)
4歳差っていろいろ考えられて面白いですよね!ほんと年の差が絶妙すぎて!友猪の絶妙さこわい!